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悩むほど 遠ざかる
2009-03-27 Fri 19:44
近所のスーパーで買出し

来客用に飲み物買ってたんだ

前も書いた気がしてならないが

ペットボトルに入れば500だろうが2000だろうが

関係なく同じ値段なのに、煮出しだとあからさまに値段が変わる

ウーロン茶と麦茶と日本茶の意味を考えていた

同じように

同じメーカー、同じ成分の粉末紅茶が

一杯分ずつのパックか纏めて入れてあるかで値段が全然違う

小分けのが便利な気がしなくもないが

重量的には1.7倍はする

計る必要がないだけで、コップがついている訳でもないのにこの値段

そりゃあ個別包装したりと面倒は多いだろう

客が来たときになんとなくいつも新品で出せるという感覚も大事だろう

だがそれでも到底納得しかねる値段の跳ね上がり具合

やはり売れ行きの問題なのだろうか


気にするほうがおかしいのはよく解っている

何もこれに限ったことじゃなく

どこにでも掃いて捨てるほど理解し難い事は落ちている

何にでも興味を示した子供の頃と違い

知らなくても人生に大した影響は出ないと知って以降

イチイチ細かく考えなくなっただけで


死ぬのが怖くなりだした年齢一桁の頃

食べ物の好き嫌いが今より激しく

自分で作る気力も今より遥かにあった時期

確かミートソーススパゲティを作ろうとしたのを覚えている

ガーリックが入ったり唐辛子を隠し味に入れられるので

安心して食べるなら自作だと息巻いていた

ひき肉玉ネギの炒め物に缶詰のホールトマトを入れようとした時に

ふと

缶詰使ったら手作りじゃないんじゃないか?

そう考えた

冷蔵庫にトマトあるならそれを使うかと扉を開けようとして

栽培してないトマトで手作りといえるのか?

後は泥沼だった

ひき肉も生きた豚を殺すところから始めなくていいのか

豚が生まれるときからでなくていいのか

玉葱やスパゲティ、火に至るまで全ての元を考えていった

考えれば考えるほど気持ち悪くなったのに何故かやめれずに

最終的には地球を飛び越えて宇宙創生まで戻る所まで考えた辺りで泣いた

普通に使っていたガス、フライパン、椅子、包丁

空気、食べ物、飲み物

眼に映るもの全てが怖くなり

眼を閉じると今度は自分が怖くなった

料理の途中で泣いているのを家族に心配されたが

うまく説明出来なかった

世界全部が不安に感じるなんて今なら笑い話なんだけど


今なら解る

単に普段考えていたら身が持たない事には

自ずとブレーキがかかるようになっていて

ふとした切欠で外れる事もあるんだと

沢山の矛盾や面倒ごと、理解しかねる事

今其処にある物が、其処に至るまでの背景

毎日すれ違う沢山の他人、その他人の過去、

その過去に出る他人の過去

他の命を奪う重み、その命が奪ってきた重み

考えれる訳がない

なのにそれを考え始めてしまった


今でもたまに考え始めてしまう事がある

6日で宇宙全体を作った存在が

そういった事を全部把握した上で見守っていてくださるんだから

迷える子羊共は大人しく慎ましく生きて行くとよろしい

そういう考え方があるのも頷ける

どこかで適当に歯止めを作らねばならん話だから

最初と最後をどこかで作らないと思考は破綻するだけなのだろう

しかし、神のまにまに、そしてその意思は全て胸の内ってんじゃ

実質何も無いのと同じじゃないか

地球は何故あるのだろう、宇宙の存在にさしたる影響もない存在が

私は何故ここにいる、地球の自転に何ら影響のない存在が

宇宙は何故あるのだろう、出来る前はどんな世界だったのだろう

何もなかったのか、何も無かったところから突然降って湧いたのか

降って湧いた物質はやはり同じように色々なものを生み出し

そしてある日突然消えるのだろうか

それらは全て神の思し召しかそれとも運命の悪戯か

それとも想像すら付かないもっと別の何かがあるというのだろうか


例えば家を出るときに、大きく深呼吸をしたとする

そうしなかった場合の未来と比較して

長い長い時間の果てに、大きく未来が変わる事があるのだろうか

きっとそれなりに変わっていくのだろう

一つ一つは大した事のない積み重ねに過ぎなくとも

それは

全てに意味が、価値があるという事でもあり

同時に

全てに意味が、価値がないという事でもある

そのどうしょうもない矛盾を

個人の裁量で制御して行く

何をどこまで考えるのか

何をどこまで信じればいいのか

そうしたものが集まって社会規範、道徳などが出来上がるのだろう


正しいとか間違いとかですらない話なのに

正しいとか間違いとかを持ち込まねばならない中で

自分の生きる意味を、価値を見出そうとする戦い

それこそが祈りなのだろう

間違った道を歩まぬように

大事な人と歩んで行ける様に

(わたくしがいまごろこんなものを感ずることが
いったいほんたうのことだらうか
わたくしといふものがこんなものをみることが
いったいありうることだらうか
そしてほんたうにみてゐるのだ)と
斯ういってひとりなげくかもしれない……
わたくしのこんなさびしい考は
みんなよるのためにでるのだ



まだいってゐるのか
もうぢきよるはあけるのに
すべてあるがごとくにあり
かゞやくごとくにかがやくもの
おまへの武器やあらゆるものは
おまへにくらくおそろしく
まことはたのしくあかるいのだ
     《みんなむかしからのきやうだいなのだから
      けっしてひとりをいのってはいけない》
ああ わたくしはけっしてさうしませんでした
あいつがなくなってからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかったとおもひます

前も抜粋した気がするけど青森挽歌より

宮沢賢治さんは多分ずっと空に祈ってたんだと思います




香菜、君の頭僕がよくしてあげよう

香菜、生きることに君がおびえぬように


香菜、いつか恋も終わりが来るのだから

香菜、一人ででも生きて行けるように


色んな祈り方がある

私はどうしたいのだろう

どう生きたいのだろう

何を目指すのだろう

何を祈るのだろう

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